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新約聖書27書の内13書から14書を書いたパウロの人生を見て見よう。1何せ、使徒の半分もパウロのストーリーが占める。2
パウロの人生
タルソと言ローマの街で産まれたパウロ3。親は熱心なユダヤ人で裕福な家庭で育だった。貴重なローマの市民権を持っていた。パリサイ派という熱心なユダヤ教。ガマリエルと言うえらい先生の元で学んだエリート中のエリートだった。4
若い頃から旧約聖書の大分部暗唱出来ていた。もちろん、ヘブル語もだけど、ギリシャ語でも暗唱出来ただろう。
イエスというやっかい物の後をおっているクリスチャン達を迫害した。ダマスコと言う所に向かっている時に復活したイエスに出会い、人生が180°変わった。
復活した生きているイエスに出会ったパウロ(使徒の働き9:1-22)
今までは自分の努力で、聖書の言い方だと律法を守(ルールをおきてを守る行い)事を通して儀を得られると思っていた。イエスに出会い、努力ではなく律法でもなく、神の恵だと分かった。その恵を体験し、教会開拓者として福音のメッセージを伝えて回った。3回の宣教旅行で世界中で活躍するが、ローマの囚人となる。
パウロの第一宣教旅行(46-47年)
パウロとバルナバ。エルサレムからアンテオケにうつる。
キプロスによってから、トルコのアンテオケと言う街まで行く。ガラテヤ地方。エルサレム会議の為に戻る。
第二宣教旅行15:36-18章(49-51年)
パウロとバルナバ別れる。テモテとシラスがパウロとお供する。パウロはアテネまで行く。第一と第二テサロニケ。
第三宣教旅行(52-57年)
使徒のパウロ
12人のイエスと歩いた弟子達・リーダーとして選ばれた使徒達(裏切ったユダの代わりにマツテア)。聖書ではこの12人にパウロとバルナバが足され「使徒」と呼ばれている。